おととしは何かあげて去年は肩もみをいつもより長くやったが、
とうとう最後の年になってなにもやらなかった。
そんな僕は学校でも、三年になりクラスと同調していくのがめんどくさくなり一人を好んだ。
だんだん一人になるにつれ、解放感とともに孤独を強く感じていた。
夏までは応援団の活動が残っていて、まだ仲間というものとの交流があったが、
その後は本当の一人ぼっちだった。
つらかった。
家に帰っても待っているのは僕の苦しみを受け止められるわけでもない人たちだった。
きっとこの苦悩をうちあけるにしても祖父には話したくはなく、
祖母には理解さえできなかったに違いない。
しかしこの孤独な半年は、今はまだ良い意味でか悪い意味でかわからないが、
僕を大人にしたのだと思う。
自分の弱さ、うぬぼれ、卑怯な面など、
人間の持つ醜い面をただ一人の牢屋の仲でまざまざと見せ付けられ、
自分の存在を見つめなおす機会を与えられたのだから。
そして僕は受験という壁にも悩まされた。
高校にいるやつらは、勉強をやっていないといいながらほとんどのやつは基準を満たす勉強をしっかりやっていた。
しかし本当に僕は怠け者であり、受験を理由に祖父母から逃げたように、
応援という活動、または趣味などを理由に勉強からも逃げた。
それでも僕は三年の夏からやれば、ここにいる大体のやつは抜かせると思っていた。
そしてとうとう受験シーズンになり、僕は本気を出し勉強した。
といっても全力をそそげたわけではなく、妥協したことがたびたびで本来やるはずだった勉強時間の三分の一程しかできなかっただろう。
しかし成績はぐんぐんと上がり、学校でビリ近くだったのが十二月には五十番以内に入り、
時々十番以内に入ることもあった。
悲しいことにこれだけが僕の支えだったのだ。
やればできるやつなんだ俺は。
あの時妥協せずにやればきっと・・・という自分の可能性を信じることだけが僕を勇気づけた。
もちろん妥協せずにあることを続けることもその人の能力だということはわかっている。
でも僕はいつも心の底に多くの人の上にいたいという願望をもっていた。
それもただ並より少し上ではなくとびきり上が良かった。
だから僕はできるやつなんだと信じこまなければ僕という人格は崩れてしまいそうだったのだ。
もうすぐセンター試験だ。
あと二日で年が明けるが僕の一年が明けるかどうかはこのセンター試験次第である。
センター試験だけで決まる大学学部を選んだのだ。
大学生活では僕はこの一年の苦しみを二度と味わうことのないようにこれを教訓にして
人生で最も楽しい四年間にしたいと望んでいる。
いうなれば人生の第二章の始まりだと思っている。
きっと離れることで今一緒に暮らしている祖父母に対しても、
もう一度優しくなれるだろう。
なのに僕はこんな重要な時期だと知りながらくだらないテレビに見とれたり、
二度寝して昼近くまで寝ていることもしばしばである。
これが気に食わないのだが、これが僕なんだと都合のいい理由をつけるとやけに肩が軽くなる。
でも本当にこれが僕でいいんだと思っている。
これからこんな僕でいれば何事も軽く考えられるような気がする。
そしていつか自由が僕が最高の自分になれたら、周囲も変わってくるんではないかと思う。
あのココアも僕がこぼしてしまったのかな。
とふと思った。
オワリ
最後の自由な僕が・・・・ってとこ今になってどういう思いで書いたのかよくわかんない。
やっぱそーとー病んでいたんだなーって思う。
だからもう勉強はしたくないって思ってたけど
せっかく高い金払ってもらって大学来てるんだから
しっかりやることはやろうと思ってる。
しかし
今日授業サボってしまった!
まあ履修登録すんでないからまだ出席はとられないけど
最初からそんな怠けたしせいだとね・・・。
友達と二人でカラオケいって洋楽ばっか歌ってた。
エアロスミスとかマジ熱唱しておもろかったわ。
僕の祖母は潔癖症である。
あと三ヶ月もすれば誰も使わなくなるこの部屋を含め、
この広い家の掃除をどうしようかと
いつもは僕が悪いことでも追及しないのに、珍しく自分がぽたぽたとココアをこぼしたのを
やわらかい口調で僕のせいにしながらそれをふきつつ
消えそうな声でなにやらつぶやいている。
向こうの部屋に移り洗濯物をたたみながら、悲しげな声で歌を口ずさんでいた。
おそらく本人はそんな悲しいだとかつらいというような思いは、歌っているときには感じていなかっただろう。
だが僕がいつも耳にする彼女の歌はどこか虚しく、生気を吸い取られるような声に感じられた。
この家には祖父もいる。
はっきり言えば、僕は彼は嫌いだ。
来年住むアパートの費用も学費も彼の稼いだ金でまかなってもらうというのに。
それでも彼を敬おうと頑張っても好きになれなかった。
なぜなら、彼はまじめの中のまじめであり、気難しく、また僕からしてみれば器の小さい男だった。
幼い頃、「おじいちゃんの仕事はなぁに?」と母親にたずねても、
はっきりとした答えは得られず、中学になってまた質問しても、
製糸業ということしかわからなかった。
彼はまた酒を飲まず、浮気などしたこともなく、遊び歩くようなこともなく、
タバコとゴルフだけを愛し、ゴルフへはたまに友人と行っていたらしい。
今ではそのゴルフさえもいかなくなり、友人からの誘いも断ってしまう。
また彼は短気で、昔は小さなことでもすぐ怒鳴った。
普段しゃべらないくせに。
そんな彼も最近は一日中寝て食うだけで、笑顔もほとんど見ないし
怒っているときもしかめっ面をするだけだ。
一日彼の「あぁ」「うん」以外の声をまったく聞かないのがほとんどだ。
そのくせ僕や祖母の行動をじろじろと観察していて、
僕はそんなときの彼が一番嫌いだった。
特に食事中彼はくちゃくちゃと音をたてて食べるため、
こっちを向いているときはその音がはっきりと僕の方向に向けられているのがわかり、
僕の食欲を妨げていて、僕の腹の底からはいつも説明しようのない邪悪な空気が湧き上がってきて、
それが体中をめぐるようであったが、表情にはださぬよういつも苦しんでいた。
そんな二人に対し僕はというと、この家に戻ってきてはじめの一ヶ月程は場の空気を明るくしようと、
努めておもしろいことなどを言いもしたが、自分のやりたいことなどもあるため、
家にいるときは二階のこの部屋にいることが多くなり、
彼らと過ごす時間はこの三年間を通し食事のときだけとなった。
年々僕は消極的になり、いつのまにか毎日の肩たたき、皿洗いなどは、
受験を理由にやめてしまっていた。
それらをやめてしまったことによりいつも僕は心を痛め続けていたが、
再開し、また明るく振舞うような気がわきでてこなかった。
ついこないだ祖父の誕生日にも、僕は彼の誕生日を忘れていた。
飲み物をとりにいくため下に行くと、祖母がにこにこしながら祖父の肩を揉み、
珍しく祖父もニコニコしていた。
そして残酷にも彼女は、「今日おじいちゃんの誕生日だよ。」
と無邪気に僕に言ったのだった。
「えー、あーちくしょー忘れてたよ!」
と残念がってみせる気力はあったものの、結局なにもしなかった。
疲れたので続きはまた。
今日もバイトだった。
ブサイクなくせによくしゃべる人とはなしてストレスがたまってしまった。
したよ。
東京のまあ有名大学に通う一年生です。
一人暮らしです。
実際毎日なんもないっちゃない日々だけど頑張ってます。
音楽は洋楽が好きでガンズとかエアロスミスとか好きです。
いちおバンドのボーカルやってるけどあんま活動してない・・・・
つーかギターとベースのやつがかけもちしてる方ばっかいっちゃうんだよね・・・
俺がもっと歌うまくて楽器めっさひけて曲かければやつらもついてくると思って
知識はないもののフィーリングで曲書いたりコピーしたり頑張ってます><
カラオケ一人でいって練習してるしね。
バイトは居酒屋でやってます。
週4くらいで入ってて、もうこのバイトはじめてから三ヶ月はたつかな~
結構慣れてきて社員とか先輩に気に入られてよくのみに行きます。
女の先輩にはカワイイキャラとして扱ってもらってるけど
俺としてはもうちっと男としてみてほしい感が否めない。
まぁそろそろ新人はいってくるからぶっちゃけそっちを期待してるんだけど。
いやー
自己紹介はこんくらいです~。
今日は昨日飲んでて朝一で帰ってきたので
昼ごろまで寝てました。
その後はギターいじったり洗濯したり
んで曲を書こうと思ってなにもかいてない楽譜をとりだすと
そこには俺が高校三年のとき書いたプチ小説みたいなのがあった。
それを読んで衝撃を受けてしまった。
また投稿します~